平成27年1月16日


はな、待ちに待ったあなたが今日誕生しました。忘れないように、その時の気持ちを書いておきます。

●27/1/14

まだ全然降りてきてなくて、でも前駆陣痛はあって、痛くて、あ、もうすぐ生まれるかもって思ってた。

予定日から1週間過ぎてたし、母も旦那も、同僚も、「どう?」って聞かれるたびに、辛くて洗面台で泣いた。はなが生まれてこないのは、私のせいだって言われてるみたいで。

しかも、検診に行ったら行ったで、まだ降りてきてない…。超音波検査も全然ダメ。プレッシャーと検診結果に、もう涙が止まらなかった。さらに、16日の検診でも変化がなかったら帝王切開だって言われて、泣きながら帰った。家でも泣いた。

はなには聞こえてたよね、大人気なく泣くお母さんの声。
でも、どうしても自然分娩で産んであげたかったから、まさか帝王切開だなんて、寝耳に水だった。ダメな母親でゴメンねって、思った。

でも、はながいっぱい苦しむ位なら、帝王切開じゃないとダメだ!って思った。思ったけど、やっぱりお腹切るのはちょっと怖かったな。

●27/1/15

やっぱり朝からお腹が痛かったし、全然眠れなかった。14日から全然眠れなかった。

旦那も仕事を休んでくれて、朝から買い物に行ってくれて、あー、私の旦那って本当に優しいなぁと痛みに耐えながら思った。痛みはずっと強かった。キツかった。耐えれるけど、耐えれない、あれは本当にキツい!しばらくいいかな。

夕方になって、お風呂入った後におしるしがあったのに気がついた時は、ヤッター!やっとか!ってちょっとテンション上がったな。陣痛も感覚的だったし、病院に行ける!って思った。でも、お腹は全然下りてない…でも、陣痛強くなったら下りるよね!って必死で自分に言い聞かせてた。

そして23時頃、病院に連絡して、そのまま入院した。

でも、陣痛の間隔は狭まらないし、強くもならない。ただただ痛みの波が来ては去り来ては去り。でも、この時はまだ耐えられた。

●27/1/16

朝になっても陣痛は強くならない。
子宮口もちょっとは開いてるけど、陣痛開始からなかなか進まない。

朝一の先生の内診が物凄く痛くて、思わず痛い!って叫んじゃったよ。今思えばあれが一番痛かった。

結局、陣痛が弱くて陣痛促進剤を使うことになった。点滴嫌いの私だけど、はなのために頑張らなくちゃって、思ったよ。でも、促進剤使ってもなかなか陣痛間隔は狭まらなくて、痛みだけがどんどん増してる感じだった。キツかったし、もう早く産みたい!ってずっと思ってた。

途中からはもう訳が分からなくなってて、とにかく痛みを逃すために、複式呼吸複式呼吸ってそれだけ考えてた。

結局4時間促進剤使ったけど、子宮口は8センチまでしか開かなくて、人工は膜させることになった。そう先生が言ってるのも、遠くでしか聞こえなかった。

痛いのをこらえて、分娩室まで歩いて、分娩台に乗るけど、正直この辺の記憶は曖昧。

とにかく痛い、でも逃さなきゃって必死に複式呼吸。途中から旦那が来て、手を握ってくれてたのは分かったよ。ありがとうね。思い出すとちょっと泣けてきゃうよ。

そこからはもう、怒涛の如く過ぎていった。
急にいきみたくなって、でも痛くていきめなくて。呼吸も乱れるし、酸素マスクつけられるし、もう意識が朦朧としてきて、周りがバタついてるのだけ分かった。途中尿にカテーテル入ってたけど、なんかそれももうよく分からなかったよ、痛すぎて。

分娩はそりゃもうスピーディだった。

今までの苦しみは何だったのかってくらい。会陰を切られたのも気付かなかったし、陣痛がきたらいきむっていわれても、陣痛どれなの!?ってくらい全身がミシミシしてたもんね。

しかも、はなの首にはへその緒が巻き付いてたんだって。だから全然降りてこれなかったんだねって、意識の遠くで思ってた。そして、お腹を押してもらうという…。思えば、結構な難産だったのかな?

頑張っていきむだけいきんで、股に生温かいものがあたった時、あ、出てきた!やった!って思った。

小さいけど、しっかりとした泣き声が聞こえた時、ブワッて涙が出てきたよ。
私の赤ちゃん、生まれてきてくれたんだ!良かった!羽那に会えた!って、本当に愛おしく感じたよ。

1時間ごとに泣いて起こされちゃうけど、それさえも愛おしい。

はな、生まれてきてくれて、ありがとう。

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娘が生まれて、今日で4カ月26日。

生まれてきた日、身体の痛みでなかなか眠れない時に書き留めていたものがあったので、消えないようにこちらに。

これからも娘の成長を、旦那と二人、じいじばあば達と見守っていけたらと思います。